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京都地方裁判所 昭和50年(ワ)674号 判決

原告

京都麻業株式会社

右代表者

小泉潔

右訴訟代理人

小林昭

被告

京都信用金庫

右代表者

榊田喜四夫

右訴訟代理人

杉島元

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金九〇万円及び右に対する本訴状送達の日の翌日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、京都地方裁判所昭和四九年(手ワ)第三五〇号約束手形金請求事件および同年(手ワ)第四三九号約束手形金請求事件の各判決の執行力ある正本に基づき、訴外乙訓建設株式会社(以下訴外会社という)が第三債務者たる被告に対して有する別紙債権目録記載の預託金返還請求権(以下本件預託金債権という)に対し、昭和五〇年四月二三日、京都地方裁判所から債権差押ならびに転付命令を得、同命令は同月二五日被告に送達された。

2  原告は、昭和五〇年五月二〇日以降、被告に対し、本件預託金債権の履行を催告した。

よつて、原告は、被告に対し、右差押転付命令に基づき金九〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である、昭和五〇年六月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実は全て認める。

三、抗弁

1  訴外会社は、昭和四九年一一月一五日、本件預託金債権を訴外原田和哉(以下訴外原田という)に譲渡し、同月二一日、右債権譲渡の旨を被告に内容証明郵便で通知し、その頃、被告に到達した。

2(1)  訴外会社は、昭和四七年五月三一日、訴外全国信用金庫連合会(以下訴外全信連という)から、一五〇〇万円を第一回弁済期日昭和四七年八月五日、弁済方法毎月五日に一八万円支払いの割賦払方式、各弁済期日に支払いがなされない場合仮差押、差押、競売の申請があつた場合には、通知催告を要さず、即時期限の利益を失なう旨の約定のもとに借り受け、被告は、訴外会社の委託を受けて、訴外全信連に対する右債務を保証した。

(2)  訴外会社は、昭和四九年七月五日以降、訴外全信連に対し、支払いを遅滞したので、前記約定により期限の利益を喪失した。

仮りに、右主張が認められなくても、昭和五〇年四月二三日、原告から訴外会社の被告に対する本件預託金債権の差押がなされたので、訴外会社は、前記約定により期限の利益を喪失した。

(3)  被告は、昭和五〇年六月一二日、被告の訴外会社に対する九五五万六〇〇九円の求償債権と訴外会社の被告に対する本件預託金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をなし、右意思表示は、同月一三日訴外会社に、同一四日に原告にそれぞれ到達した。

四、抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は争う。

2  抗弁2(1)の事実は不知。

3  抗弁2(2)の事実のうち、昭和五〇年四月二三日本件預託金債権の差押がなされた事実(争いがない)を除き、その余の事実は不知。

4  抗弁2(3)の事実のうち、被告が昭和五〇年六月一二日訴外会社に対する九五五万六〇〇九円の求償債権と本件預託金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした事実は認め、その余の事実は否認する。

五、再抗弁

1  本件預託金債権は訴外会社の唯一の財産であるから、同会社が訴外原田に本件預託金債権を譲渡した行為或いは、被告と同会社の相殺の合意又は被告がした相殺は、他の債権者に対する詐害行為であるから、右詐害行為の取消を求める。

2  訴外会社が訴外全信連に対し、期日に債務を支払わない為に、期限の利益を喪失した結果 昭和四九年六月五日に、被告の右会社に対する事前求償権が発生したとすれば、被告が昭和五〇年四月二八日まで相殺をしなかつたのは、事前求償権を放棄したためである。

3  民法四六〇条による事前求償権の実行については、民法四六一条に免責規定があるので、被告が債権者たる訴外全信連に全部弁済をしない間、被告は直ちに事前求償権と訴外会社が、被告に対して有する預託金債権とを相殺することは許されない。

六、再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実のうち、訴外会社が本件預託金債権を譲渡した事実及び被告が相殺をした事実を除き、その余の事実は否認する。

2  再抗弁2の事実は否認する。

3  再抗弁3の事実は争う。

七、再々抗弁

1  被告の事前求償権に抗弁権があるとしても、訴外会社は被告に対し右抗弁を予め放棄しているから、被告の事前求償権を自働債権として、訴外会社の預託金債権と相殺することができる。

2  被告は、昭和五〇年四月二八日、訴外全信連に対し、訴外会社の借受債務を全額弁済しているので、訴外会社はもはや抗弁権を行使することができないから、事前求償権を自働債権として、訴外会社の預託金債権と相殺することができる。

八、再々抗弁に対する認否

1  再々抗弁1の事実のうち、訴外会社が抗弁権を予め放棄している事実は否認し、その余は争う。

2  被告が昭和五〇年四月二八日訴外全信連に対し、訴外会社の借受債務を全額弁済した事実は認め、その余は争う。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求原因事実は、全て当事者間に争いがない。

二抗弁1について

〈証拠〉によれば、訴外会社が昭和四九年一一月一五日本件預託金債権を訴外原田に譲渡した旨、内容証明郵便で被告に通知した事実を認めることができる。

しかし、他方、〈証拠〉によつて認められる、訴外原田が訴外会社の代表取締役であるという事実、及び当事者間に争いのない、被告が昭和五〇年六月一二日に訴外会社に対する九五五万六〇〇九円の求償債権と本件預託金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした事実に照して考えると、原告主張のように、訴外会社が本件預託金債権を訴外原田に譲渡したことを推認することは難しく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上により、被告の右抗弁は採用できない。

三相殺の抗弁(抗弁2)について

(1)  被告が昭和五〇年六月一二日訴外会社に対する九五五万六〇〇九円の求償権と訴外会社の被告に対する本件預託金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

(2)  〈証拠〉を総合すると、

1  訴外会社は、昭和四七年五月三一日、訴外全信連から一五〇〇万円を、第一回弁済期日昭和四七年八月五日、弁済方法毎月五日に一八万円支払いの割賦払方式、各弁済期日に支払いがなされない場合及び仮差押、差押、競売の申請があつた場合には、通知催告を要さず即時期限の利益を失なう旨の約定で借り受け、被告は訴外会社から委託を受けて、訴外全信連に対する訴外会社の右債務を保証した。

2  訴外会社は、弁済期日昭和四七年八月五日、昭和四八年一月五日、同年四月五日、及び昭和四九年六月五日以降の支払分について払込約定日での履行を遅滞したものの、約定日後にいずれも遅延利息とともに割賦金各一八万円の弁済がされている。

3  原告は、昭和五〇年四月二二日、本件預託金債権の差押転付命令の申請を京都地方裁判所に申請した。

4  被告の訴外会社に対する求償権と訴外会社の被告に対する本件預託金債権とを相殺する旨の被告の意思表示は昭和五〇年六月一三日訴外会社に到達し、同一四日原告に到達した。

ことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  以上の事実によれば、訴外会社は、訴外全信連から一五〇〇万円を借り受けるに際し、前記認定の期限喪失の特約を結んでいたが、右特約は契約自由の原則上有効であることは論をまたないから、原告が本件預託金債権の差押転付命令の申請を京都地方裁判所にした昭和五〇年四月二二日に、訴外会社は訴外全信連に対する右消費貸借債務の期限の利益を喪失し、残債務全部を支払うべき義務を負つたので、訴外会社の委託により同会社の右消費貸借を保証した被告は、同日民法四六〇条二号により主たる債務者たる訴外会社に対し所謂事前求償権を取得するに至つたものである。

被告は、昭和五〇年六月一二日に、訴外会社に対する右事前求償権を自働債権として、訴外会社の被告に対する本件預託金債権と相殺する旨意思表示したが、右相殺を本件預託金債権の差押転付命令を得た原告に対抗しうるかどうかにつき以下検討する。

相殺制度は互いに同種の債権を有する当事者間に於いて、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的制度であつて、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、債務者の資力が不十分な場合においても、自己の債権につき確実かつ十分な弁済を受けたと同種の利益を受けることができる点において、自働債権につき担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むが、当事者の一方の債権について差押が行なわれた場合においても、この当事者の地位はできる限り尊重されるべきである。そこで、右相殺制度の本旨に鑑みれば、民法五一一条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺することができることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権又は差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調和を図つたものと解すべきである。

本件において、原告の本件預託金債権の差押転付命令が効力を生じた時には、被告の事前求償権も訴外会社の預託金債権も期限が到来していたから、被告の右相殺は有効であると言うべきである。

(4)  再抗弁1について

原告は、本件相殺が詐害行為であるから、これを取消す旨主張するところ、詐害行為取消権は、一般財産を不当に減少させる債務者の行為を対象とするものであるから、第三者たる被告の一方的意思表示たる相殺を詐害行為として取消す旨の右主張は、主張自体失当である。のみならず、詐害行為の取消は、訴訟をもつて請求すべきものであつて、たんに、抗弁として主張するだけでは充分ではない。

(5)  再抗弁2について

原告は被告が訴外会社に対する事前求償権を放棄したと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

よつて、右再抗弁は採用できない。

(6)  再抗弁3について

被告が相殺の用に供する自働債権は、前認定のとおり民法四六〇条二号の所謂事前求償権であるが、右事前求償権の行使に対し、主たる債務者は民法四六一条により保証人に対し担保供与或いは免責を要求しうる権利を有し、右供与があるまで求償に応じることは拒絶できるから、右事前求償権には抗弁権が附着しているといえる。

したがつて、被告は、事前求償権を自働債権として、本件預託金債権と相殺することができない。けだし、相殺を許すと訴外会社は抗弁権を行使する機会を失ない、故なく抗弁権を剥奪されることになるからである。

(7)  再々抗弁1について

被告は、訴外会社が事前求償権に附着する抗弁権を放棄している旨主張するが、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。よつて、右再々抗弁は採用できない。

(8)  再々抗弁2について

被告は昭和五〇年四月二八日訴外全信連に対し、訴外会社の消費貸借債務九五五万六〇〇九円を全額弁済したことは当事者間に争いがない。そうすると、右弁済により、被告の訴外会社に対する事前求償権は抗弁権がなくなり、現実の求償権となつたものである。そこで、原告が本件預託金債権の差押転付命令を得た後に、訴外会社に対する事前求償権の抗弁権がなくなつた場合、被告は差押以前から有している右事前求償権を自働債権として、本件預託金債権と相殺することができるかどうかにつき検討する。

民法五一一条は、前述のとおり、差押後に発生した債権又は差押後に取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度で差押債権者と第三債務者間の利益調和を図つたものであるから、第三債務者はその債権が差押後に取得されたものでない限り、差押当時に自働債権に抗弁権が附着していたとしても、その後、相殺適状に達したときには 差押後においてもこれを自働債権として相殺することができるものと解すべきである。

けだし、自働債権に抗弁権が附着していたとしても、抗弁権さえ消滅させれば、当事者は相殺により自働債権の満足をはかりうるのであるから、この当事者が有している地位は保護されなければならず、特に、自己の債権者の為に保証した者は相殺による求償権の確保を期待しているのであるから、差押当時に事前求償権に抗弁権が附着していたとしても、その地位は強く保護される必要があるからである。本件において、原告が本預託金債権の差押転付命令を得る以前に、被告は訴外会社に対し事前求償権を有しており、右差押転付命令後の昭和五〇年四月二八日に抗弁権がなくなり相殺適状に達したのであるから、被告は右事前求償権を自働債権として本件預託金債権と相殺しうる。

したがつて、右再々抗弁は理由がある。

(9)  結局、被告の本件相殺の抗弁は理由があるから、原告が差押転付命令を得た九〇万円の本件預託金債権は、昭和五〇年四月二八日、被告の訴外会社に対する九五五万六〇〇九円の求償権と相殺され、消滅するに至つたので、被告は本件預託金を支払うべき義務はない。

四結論

よつて、原告の被告に対する本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小北陽三)

債権目録

一 訴外会社が被告に対して有する左記手形の不渡処分につき、異議申立のため預託した金四〇万円の返還請求権

金額 四〇万円

支払期日 昭和四九年一〇月一六日

支払地 京都市

支払場所 京都信用金庫桂支店

振出地 京都市

振出日 昭和四九年八月一三日

振出人 乙訓建設株式会社

受取人 京都麻業株式会社

二 訴外会社が被告に対して有する左記手形の不渡処分につき、異議申立のため預託した金五〇万円の返還請求権

金額 五〇万円

支払期日 昭和四九年一〇月二六日

支払地 京都市

支払場所 京都信用金庫桂支店

振出地 京都市

振出日 昭和四九年八月一三日

振出人 乙訓建設株式会社

受取人 京都麻業株式会社

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